葬儀は準備をする時代!  葬儀でボッタクリにあわない3つの対策

 

 

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突然だが、あなたは、自分が死んだ時100万円の棺桶に入ったとする。
さぞ豪華な棺桶に入り、無事にあの世に送り出されたことだろう。

 

そこで問題。 その100万円の棺桶は原価いくらでしょう?

 

 

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ときは超高齢化社会。
読者の周りにも、高齢の方はいらっしゃるであろう。
そんな高齢化時代の先を見据えてやってくる
成長産業の一角にある葬儀業者が今、注目を集めている。
そして注目の集まりと同時に、トラブルも目立ち始めている

その多くは葬儀料金の金銭問題。
いわゆるボッタクリが広がっているようで
式後のクレームなどは、今後も話題になると思われる。
一体、葬儀業界で何が起こっているのか?

 

葬儀場で働く知人(以下職員と表記)の話から、葬儀業界の
現状を聞かせてもらうことができた。

 

なぜ葬儀トラブルが後を絶たないのか?

 

 

職員の話によると、日本独特の風潮である
死はタブー」という概念が、問題の根底にあるのではないかと話す。

よくある例を教えてくれた。
次の話は、とある家庭の一場面である。

 

おじいちゃんが自分のことを冗談で
「わしはもうすぐ死ぬから遺言を書くぞ。葬式も頼むぞ」などと言ったとする。

そうすると、お嫁さんなどが出てきて
「何を言ってるんですかお義父さん。やめて下さいよそんな縁起でもないこと」と
一蹴してしまう。

 

 

こういった家庭は、死=話してはいけない事というタブー認識があるため、
いざ誰かが亡くなった時が、初めて葬儀屋と関わりを持つ時だと言う。
何もかも初めてなことのため、悪質なぼったくりであっても、知識はない。
そのため、あっという間に騙されてしまう。というのだ。

ちなみに余談ではあるが、この家庭。
葬儀の後は、財産分与で大揉めしているそうだ。
中心人物が、さきほど登場したお嫁さんであったという。

縁起でもない事でも話しておけば…と葬儀場の職員は話す。

 

職員は続けて話す。

死はタブーでも何でもなくて、
人が生まれてきたら
必ずやってくることなんです

言われてみると当然であるが、やはり死は口にしないという風習が
なかなか話題として上がらない理由だろう。
そんな葬儀トラブルに巻き込まれないためにアドバイスをもらった。
以下の情報を参考に扱ってもらえれば幸いである。

 

葬儀でボッタクリにあわないための3つの対策

 

 ① 葬儀にかかる費用について知識を深めておく

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さて、冒頭の話に戻るが、100万円の棺桶を注文する。

さぞ、素晴らしい棺桶であの世に送ったと家族ともどもご満悦だろう。
しかし、後に棺桶の原価を知ることとなり驚愕する。
その棺桶の原価は、約1割だったと。
つまり100万円の棺桶の元値は10万円程度なのだ。

 

良心的なところでも原価の5割はしっかり取っている。
あの世に送られた側も知らなければ
成仏どころか、クレームをつけに戻ってきそうな勢いである。

棺桶に続いてさらに負担はのしかかる。
遺影画像の引き伸ばし、特殊加工に始まり、お坊さんなどの宗教関係、
接待飲食費、親戚の宿泊費に、葬儀関係者への心づけ・・・挙げれば切りがない。

要するに、何も事前知識がないと「そういうものか」と
葬儀業者の言いなり状態となるわけである。

何事も知識は無駄にはならない。調べておこう。

 

 

② 葬儀にかかる費用については、事前に見積もりを取る

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人生には様々なイベントがある。
入学式、成人式、結婚式、出産といったビッグイベントは事前にしっかり準備するのに
葬式の準備だけはしていないという人は上記で述べたように多い。

人は生まれた瞬間死に向かって生きることを考えれば決して無関係ではない。

 

何より葬儀というのはドタバタしてしまうもの。
大切な人が亡くなり、身も心も憔悴しきっている状態だ。
葬儀価格の交渉など、よほどの余裕が無いとその場でのやり取りは難しい
そんな中、「これ300万のところをお得ですよ」と200万プランを差し出されたら
100万も安いからと飛びつく遺族も多いという。

誰にでも1度訪れるイベントと捉え、下調べしておき、素晴らしい
見送られ方をした、されたという葬儀にしたいものだ。

しかし残念なことに土壇場を利用し、見積もりを取っていても急に
予算外の事を言い出す悪徳な葬儀屋は存在する。
万が一に備え、2~3か所で見積もりを出しておき
「別にあっちの葬儀屋もあるのでいいですよ」という選べる状態がベストだ。

地味婚、派手婚があるように、いくらでもプランは選べるということである。

 

 

③ 日頃から家族との会話の中でも話し合っておく。

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終活という言葉が、ここ数年で話題を呼んでいる。
この超高齢化社会からあぶり出されたトラブルなどから、
事前策を取ろうと過去の事例から導き出された先人の知恵である。

終活とは、自分の死にむけての準備のようなものだという。

死は誰にでも平等にやってくるものだという認識を家族間で共有することや、
もしもの時のために葬儀はどうするか。遺言は残すのか。などを
真面目に話をしておくことは決して悪いことではない。

むしろ、土壇場で慌てふためかないための準備だと思えば、本当に
良い葬儀に巡り合え、親族との思い出話にも花が咲くことだろう。

 

きっかけがあれば、家族で「死」について話しあってもよいと思う。
また死を意識することで親、配偶者、兄弟、恋人、子供などとの
時間に限りがあるという事も考えるようになる。
そうすると、おのずとその人たちとの、一瞬一瞬の時間を大切にするようになり
お互いを想いやって生きていけるのではないだろうか。

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